安部公房「カンガルー・ノート」

 ふとステルヴィアのOPが聞きたくなって、探してしまいました。調べてたら、この方ファフナーのOPもやっていたんですね。どことなく中島みゆきだったかを思わせる声です。
 ついでにエウレカのOPを1期から4期まで比べてみました。第1期の曲も好きですが、やはり第3期が一番好きですね。あのヒーローものっぽい熱さが大好きです。そういう意味ではゲーム版のOPも好きでした。
 しかし、今週は面接対策強化週間にするつもりが、やる気がまったく起きません。現実逃避ばかりです。自己PRとか、書くだけでもこっ恥ずかしいのに、間違っても口に出す気になりません。自己PR一分間とか、なにをしゃべれと言うのだか。

安部公房「カンガルー・ノート」
 バイトの関係で「棒」という文章を読んで、そのいかれ具合が好みだったので他にも手を出してみました。「棒」は短いし、じっくり読んだら何とか読解できるレベルなんですが、「カンガルー・ノート」は難しいですね。寝る前の流し読みで、読解しようというような根性が間違ってるのは分かってますが。
 まず、足の脛からかいわれ大根が生えてくるというのは、何なのか。出たのが1991年ですよね。O157の騒ぎはまだ起きてないですし。となると、なぜここにかいわれ大根? あの白くてひょろっとしたものがなんとなく、「死」とか「地下」とかそういうイメージにつながると言えるような気がします。かいわれ大根の与えるひ弱な印象が、「死」と「生」の境界を彷徨う主人公にぴったりなのかもしれません。としたら、かいわれ大根のあのピリッとくる食感は何を託されているのか? 作中主人公が刺激を感じる部分はあるので、何かしらの意味はあると思うのですが、その意味が分かりません。死につつあるものの抵抗?とかはあざといというか、普通すぎて詰まらないですね。
 そもそもカンガルー・ノート自体がなんだか分かりませんよね。主人公が適当に企画した新商品で、主人公自体もそのコンセプトがなんだか分かっていないという代物。謎の看護婦が「カンガルーなんかだったら、親孝行も親不孝もないらしいけど……」と言及している部分がありますが、ここも意味深なわりに、意味不明。人間の子供は生まれた途端に親から離れることになるけど、カンガルーは本人の意思は関係なく、強制的に親の袋の中で育つことを指しているのか。
 他にも街中を疾走する自動ベッドに、「お助けコーラス」、賽の河原の観光地化・・・様々なつっこむべきネタがありますが、全編通して不条理でわけがわかならいので、これは必死に読み解こうという方が馬鹿なのかもしれないです。このコロコロと切り替わる場面、自分を無視してハイスピードで動いていく設定、これら全ては夢の特権です。夢の細部を無理やり解釈しようとしている、ユング派心理学者が思い浮かんで、アホらしくなってきました。
[PR]
by mizuao | 2007-02-26 15:53 | 本(著者ア行)
<< 岸田るり子「出口のない部屋」 佐野眞一「だれが「本」を殺すの... >>